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ジャズの歴史 ジャズ年表(AYCJ版)ジャズ年表めも(私家版)

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(凡例)

米国ジャズ前史

米国ジャズの歴史(米ジャズ年表)

日本ジャズの歴史(和ジャズ年表)

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16世紀

16世紀初頭スペインがアメリカ合衆国(以下「米国」と略)東南部(現在のルイジアナ州)を占拠

17世紀

17世紀後半フランスがスペインから米国東南部を占拠.ルイ14世にちなみルイジアナ州と命名

18世紀

1780年代

18世紀までにニューオーリンズ地域の奴隷はアフリカンダンスで有名な「コンゴ・スクウェア (Congo Square)※」に集まる(※コンゴ・スクウェアとは米国ルイジアナ州ニューオーリンズ市内トレメ地域の広場)

英仏でルイジアナ州を分割
18世紀末フランスが奪還

1712

1712年ミシシッピー会社奴隷をルイジアナ州に売り込み

1725

1725年ルイジアナ州人口約半数が黒人(他はフランス系移民ら白人)

19世紀

1803年米国「ルイジアナ購入(英語Louisiana Purchase)」※ナポレオンが1500万ドルで米国に売却
19世紀初頭、ますます多くの黒人ミュージシャンがヨーロッパの楽器、特にヨーロッパのダンスミュージックをパロディー化するために使用したバイオリンを演奏することを学んだ。

1820年から1850年にかけて、南東部の州とルイジアナからかなりの数の[アカウント]がある。

初期の[ミシシッピ]デルタ入植者の一部はニューオーリンズの近くから来た。そこでは、ドラムが非常に長い間積極的に落胆することはなく、南北戦争が勃発するまで、自家製のドラムが公のダンスに付随して使用された。

アフリカを拠点にドラムを踊る豪華なフェスティバルが、1843年までニューオーリンズのコンゴ広場またはコンゴスクエアで日曜日に開催された。

米国南部の他の場所で他の音楽やダンスの集まりの歴史的な説明がある。ロバート・パーマーは、パーカッシブな奴隷音楽について次のように述べている。

「通常、そのような音楽は、その年の作物が収穫され、祝賀のために数日が確保された毎年恒例の祭りに関連していた。」

タンバリン、フィドル、バンジョー、骨が特徴の1843年のブラックフェイスのバージニアミンストレル

1860

1860年11月共和党リンカーン大統領.人道主義政策

1861

1861年2月南部11州「アメリカ連合国(Confederate States of America)」組織

1861年4月12日北部に宣戦布告:南北戦争(American Civil War)開始

1863

1863年1月1日リンカーン奴隷解放宣言

1865

1865年5月9日南北戦争終結(布告)
※南北戦争(1861-1865)関連作品:マーガレットミッチェル『風と共に去りぬ(英語 Gone with the wind)』1936年6月30日出版1952年9月4日映画

1866年までに大西洋奴隷貿易で40万人近くのアフリカ人が北米に運ばれた。[37]
奴隷は主に西アフリカとコンゴ川流域から来て強い音楽の伝統をもたらした。[38]
アフリカの伝統は主に単一行のメロディーとコールアンドレスポンスパターンを使用、リズムはカウンターメトリック構造を持ち、アフリカのスピーチパターンを反映。[39]

1861年までに、ノースカロライナの旅行者は、角のある頭飾りと牛の尻尾を含む衣装を着たダンサーを見て、羊皮で覆われた「ガンボボックス」(明らかにフレームドラム)によって提供される音楽を聞きました。三角形と顎骨が補助パーカッションを提供した。

1885年の報告によると、彼らは同じように奇妙な種類の「楽器」で奇妙な音楽(クレオール)を作っていたという。

別の影響は、黒人の奴隷が霊歌として彼ら自身の音楽に学び、取り入れた教会の賛美歌の調和のとれたスタイルから来た。

ブルースの起源は文書化されていないが、霊歌の世俗的な対応物として見ることができる。

しかし、ゲルハルト・クービックが指摘するように、霊歌はホモフォニーであるのに対し、カントリーブルースと初期のジャズは「主にヘテロフォニーの概念に基づいていた」。

20世紀

1899

1899年 デューク・エリントン生誕

1900年代

1900年前後アメリカ合衆国(以下『米国』と略)ルイジアナ州ニューオリンズでジャズ発祥(デキシーランド・ジャズ)

1901

1901年ルイ・アームストロング生誕(サッチモ)(tp,vo) 1901-1971

1902 ラグライム スコット・ジョプリン(p)「The Entertainer」 (1902) 完全に書かれた楽譜

1903年(明治36年)2月: 日本における最初のレコード出張録音(英国グラモフォン技師フレッド・ガイズバーグ)※初吹きこみマスター原盤7インチ10インチ合計273枚:🔗『全集 日本吹込み事始め』(東芝EMI,2001)アマゾンへリンク🔗
1903 1903年3月頃~ガイズバーグ帰路(上海録音-東南アジア録音-シンガポール港より船で英国へ帰国)
1903年月不詳 ドイツでレコードをプレス
1903年12月日本の三光堂でレコード販売開始
1903年月不詳米国コロンビア来日
1904年~1906年 この間(1903-1906年)、1903年初来日した英国グラモフォン、米国コロンビアの2社を筆頭に、翌1904年から1906年にかけて★アメリカ(米国)ヴィクター、ドイツ(独逸)ベカ、ライロフォン、フランス(仏国)パテ、など少なくとも欧米レコード会社6社が来日★INFO★
1905年~
1906年 この間(1903-1906)
1907年(明治40年)「日本米穀蓄音機(日米蓄)」設立※日本初の国産レコード会社(ローヤル、シンフォニー、グローブ、ユニヴァース、アメリカンなどのレーベル)
1907

1910年代

1910年(明治43年)波多野福太郎らが東洋音楽大学(現・東京音楽大学)を卒業(第1回卒業生)。

1910 1912年(大正元年/明治45年)8月4日 「地洋丸」(東洋汽船、現・日本郵船)の船上バンドとして乗船。ポピュラー音楽の演奏を始める。
のち「ハタノ・オーケストラ」結成。

1917

1917年頃から ジャズ・レコーディングが本格的に始まる★INFO★?
ウィルバー・スウェットマン
オリジナルディキシーランドジャスバンド(Original Dixieland Jass Band)※ニューオーリンズ出身の白人ジャズ・バンド) *ジャズ初のレコード?★INFO★

1920年代ジャズ・エイジ(The Jazz age)

1921

ジャズ・エイジ(Jazz age)

1922年『ジャズ・エイジの物語(Tales of the Jazz Age)』F・スコット・フィッツジェラルド

1924 1924年ガーシュウィン「Rhapsody in Blue」2 台ピアノ

1928 1928年デューク・エリントン楽団ハーレム「コットン・クラブ」出演
1928年ルイ・アームストロング・ホット・ファイヴ『ウエスト・エンド・ブルース(West End Blues)』録音

1928年(昭和3年)電気吹きこみ開始(※昭和2年までは所謂「ラッパ型」吹込み)

1930年代 スウィング・ジャズ

1930

1934

1934年ジャンゴ・ラインハルトらフランス・ホット・クラブ五重奏団を結成

1937

1937年カウント・ベイシー楽団がカンザス・シティからニューヨークに進出(レスター・ヤング在籍)
1937年カウント・ベイシー(p) 『One O’Clock Jump』(1904-1984)

1938

1938年ベニー・グッドマン、カーネギー・ホールでコンサート開催
1938年 「At Carnegie Hall」ベニー・グッドマン(cl) (1909-1986)*ジャズ初のカーネギー・ホール

1939

1939年デューク・エリントン(p) 『A列車で行こう』(1899-1974)
1939年グレンミラー楽団『ムーンライト・セレナーデ』『茶色の小瓶』『イン・ザ・ムード』『』チャタヌーガ・チュー・チュー」など次々とヒット曲を発表グレン・ミラー(tb) 1904-1944「茶色の小瓶」(1869)
1939年コールマン・ホーキンス『ボディ・アンド・ソウル』録音
1939年ビリー・ホリデイ『奇妙な果実』録音
1939年ブルーノート・レコード設立

*ビ・バップからモードまでをまとめて「モダン・ジャズ」と呼ぶ。 1940年代アフロ・キューバン・ジャズ(ラテン・ジャズ)

1940年代 ビ・バップ

1941年チャーリー・クリスチャン(g) (1916-1942)『at Minton’s』※ジャズギターの開祖とも
1942年『チュニジアの夜』ディジー・ガレスピー(tp) (1917-1993)
1942年フランク・シナトラ、ソロ・デビュー
1942年ガーシュウィン「Rhapsody in Blue」(管弦楽最終バージョン)

1945 1945年チャーリー・パーカー初リーダー録音(サヴォイ・レコード)
1946年「Confirmation」チャーリー・パーカー(sax) (1920-1955)
1947年「Donna Lee」チャーリー・パーカー(sax) 1920-1955)

1948 1948年パリで史上初の国際ジャズ祭開催

1949
1949年オスカー・ピーターソンがアメリカで初演奏。
1949年プレスティッジ・レコード設立

1940 年代~50 年代:進駐軍ジャズの時代

★キューバ・デスカルガ(キューバン・ジャズの魁):フランクエミリオ(p)盲目のピアニスト

1950年代 ・ハード・バップ

1951
1951年コンテンポラリー・レコード設立

1952
1952年モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)
1952年ジェリー・マリガン・カルテット(チェット・ベイカー在籍)結成。
1952年パシフィック・ジャズ・レコード設立
1952年リヴァーサイド・レコード設立

1954 1954年クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ・クインテット
1954年第1回ニューポート・ジャズ祭開催(ロードアイランド州)

1955
1955年ザ・ジャズ・メッセンジャーズ結成
1955年マイルス・デイヴィス・クインテット結成(ジョン・コルトレーン在籍)
1955年チャーリー・パーカー死去

ヘレン・メリル(vo) 1930-「You’d be so nice to come home to」(1955)

1956
1956年モダン・ジャズ史上の傑作が次々と吹き込まれる。
1956年ソニー・ロリンズ『サキソフォン・コロッサス』
1956年セロニアス・モンク『ブリリアント・コーナーズ』

1956年ディジー・ガレスピー楽団、米国国務省の使節として中東へ 1956年秋吉敏子バークリー音楽院留学(米国マサチューセッツ州)

1956年ヴァーヴ・レコード設立
1956年クリフォード・ブラウン死去
1956年アート・ブレイキー(ds)&ジャズ・メッセンジャーズ『Molitat(Mack the Knife)』※ソニー・ロリンズ(sax) 1930-

1956年5月11日10月26日マイルス・デイビス『Cookin’』『Relaxin’』『Workin’』『Steamin’』録音

1957

1957年マイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」(フランス映画)音楽担当

1957年 「I Remember Clifford」(1957)アート・ブレイキー(ds) &ジャズ・メッセンジャーズ(ベニー・ゴルソン(sax) 1929-)

1957年頃「クール・ジャズ」

1957年マイルス・デイビス(tp) 『Birth Of The Coo』※ギル・エヴァンス(Arr) 1912-1988

1958

1958年アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』録音
1958年第1回モンタレー・ジャズ祭(米国カリフォルニア州)★INFO★スイス?

1958年第 5 回ニューポート・ジャズ・フェスティバル
・ファンキー・ジャズ 1958年白井英雄『HIDEO SHIRAI』※日本初のファンキージャズ
 アート・ブレイキー「Moanin’」(1958)、
1958年ジョアン・ジルベルト『思いあふれて』※ボサノバの誕生…1950 年代後期

1959

1959年マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』録音
1959年デイヴ・ブルーベック『タイム・アウト』録音「テイク・ファイヴ」が大ヒット
1959年オーネット・コールマン・カルテットがロサンゼルスからニューヨークへ進出


1950年代末~60年代 モード・ジャズ

1960年代

60年代 モード・ジャズなど

60年代 フリー・ジャズ

1960

1960 年「真夏の夜のジャズ」第 5 回(1958)
ニューポート・ジャズ・フェスティバルの記録映画。
1960年ジョン・コルトレーン『マイ・フェイヴァリット・シングス』録音。
1960年インパルス・レコード設立
1960年ジョン・コルトレーン『マイ・フェイヴァリット・シングス』録音。インパルス・レコード設立

1961

1961年ビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビー』録音
1961年ジョン・コルトレーン(sax) 「My Favorite Things」

1961 年 ビル・エバンス(p) 「Waltz for Debby」
モダン・ジャズを代表するピアニスト。

1962 オーネット・コールマン(sax)1930-2015「Free Jazz」(1961)
1962年スタン・ゲッツ『ジャズ・サンバ』全米アルバム・チャート1位

1962年アントニオ・カルロス・ジョビン(1927-1994) 「The Girl From Ipanema」

1963

1963年マイルス・デイヴィス・クインテットにハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス参加
1963年ジョン・コルトレーン(sax)
 「Impressions」(1963)

1964

1964年ジョン・コルトレーン『至上の愛』録音。
1964年リー・モーガン『ザ・サイドワインダー』ヒット。
1964年ルイ・アームストロング「ハロー・ド―リー!」が全米シングル・チャートの1位
1964年第1回ベルリン・ジャズ祭(ドイツ)開催
1964年エリック・ドルフィー逝去

1965

1965年渡辺貞夫さんバークリー音楽院留学から帰国。

1965年スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの共演盤『ゲッツ/ジルベルト』がグラミー賞アルバム・オブ・ザ・イヤーに輝く。
1965年ジョン・コルトレーン(sax) 『至上の愛(A Love Supreme)』マッコイ・タイナー(p) 1938-

1966

1966年チャールズ・ロイド・カルテット(キース・ジャレット)
1966 年 サド・ジョーンズ&メル・ルイス・オーケストラ ※ビックバンドの最高峰の一つ。現在も「ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ」で活動。
※ジョーンズ3兄弟
 ハンク・ジョーンズ(p) 1918-2010
 サド・ジョーンズ(tp)1923-1986
 エルビン・ジョーンズ(ds)1927-2004

1967

1966年キャノンボール・アダレイ(sax) 『Mercy, Mercy, Mercy』
1967年ゲイリー・バートン・カルテット結成(ラリー・コリエル)
1967年ウェス・モンゴメリー『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』
1967年第1回モントルー・ジャズ祭(スイス)
1967年ジョン・コルトレーン(sax) 逝去(1926-1967)

1967年ルイ・アームストロング『What a Wonderful World』
1967年マイルス・デイビス『Nefertiti』
1967年CTI レーベル設立

1969

1969年マイルス・デイヴィス『イン・ア・サイレント・ウェイ』、『ビッチェズ・ブリュー』録音
1969年ドイツでECMレコード設立※北欧ジャズ

1970 年代~1980 年代 エレクトリック・ジャズ ~ クロスオーバー ~ フュージョン。アフロ、ラテン、ファンク、ロックとの融合

1970年マイルス・デイビス『Bitches Brew』

1970年石川晶さん アフロジャズ名盤多数発表(※ドリフで石川のおじさんとしてお茶の間にも親しまれる。のち石川晶さんのグループから、松岡直哉さん(ラテン・ピアノ)ら輩出。

1971

1971年山下洋輔(p)1942-『グガン』
1971年ウェザー・リポート結成(86年解散)
1971年ルイ・アームストロング(サッチモ)(tp,vo)逝去(1901-1971)

1972

1972年リターン・トゥ・フォーエヴァー:チック・コリア(p) 1941-)らが結成したフュージョンバンド

1972年コンコード・ジャズ(現コンコード・レコード)設立

1973

1973年ヘッド・ハンターズ:ハービー・ハンコック(p) 1940-)『カメレオン』

1973年秋吉敏子=ルー・タバキン・オーケストラ結成(ロサンゼルス)

1974 1974年デューク・エリントン(p) 逝去(1899-1974)
1974年モダン・ジャズ・カルテット解散(81年再結成95年まで活動)

1975年マイルス・デイビス「Rated X / Get Up with It」
1975年キース・ジャレット『ケルン・コンサート』録音

*スタジオ・ミュージシャンの時代
マイケル・ブレッカー(sax) 1949-2007
ランディ・ブレッカー(tp) 1945-
デビッド・サンボーン(sax) 1945-
スタッフ「Foots」(1976)
 スティーブ・ガッド(ds) 1945-
 リチャード・ティ(p) 1943-1993)

1975年キャノンボール・アダレイ(sax) 逝去(1928-1975)

1976年ウェザー・リポートにジャコ・パストリアス参加。ジョージ・ベンソン『ブリージン』

1977年ハービー・ハンコック & VSOP 「Tempest at the Colosseum」フレディー・ハバ ード(tp)参加

 ウェザー・リポート「Birdland」(1977)
  ジョー・ザビヌル(key) 1932-2007
  ウェイン・ショーター(sax) 1933-
  ジャコ・パストリアス(b) 1951-1987)

1978

1970 年代後半~ アコースティックへの回帰

1978年パット・メセニー・グループ発足
1978年キース・ジャレット(p) (1945-)「Country」※ヤン・ガルバレク(sax) 1947-

1980年代

1980年ビル・エバンス(p)逝去(1929-1980)

1980年 モントレージャズフェスティヴァルで松岡直哉さんのグループが名演(硬派な松岡さんラテン・クロスオーバーの金字塔※モンゴ・サンタマリア氏とも共演)

1981

1981年マイルス・デイヴィス約5年ぶりに活動再開

1982

1982年ウィントン・マルサリス『マルサリスの肖像』初リーダー作

1983

1983年キース・ジャレット・トリオ(通称スタンダーズ)結成

1984

1984年カウント・ベイシー(p)逝去(1904-1984)

1984年小曽根真米コロンビア・レコードからメジャー・デビュー

1980 年代~ クラブジャズ、アシッド・ジャズ

1987

1987年若手ジャズメンの登竜門“セロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティション”開始
1987年ウイントン・マルサリス(tp) 1961-『April in Paris / Standard Time』
パット・メセニー(g)1954-
マリア・シュナイダー(ビックバンド)1960-
ブラッド・メルドー(p)1970-
ロバート・グラスパー(p) 1974- 

★アンビエント、環境音楽

1990年代

1990

1990年アート・ブレイキー(ds) (1919-1990)逝去

1991

1991年マイルス・デイヴィス逝去(-1991)

1994年アントニオ・カルロス・ジョビン逝去(1927-1994)

2000年代

2000

2001

2001年ダイアナ・クラール『ザ・ルック・オブ・ラヴ』プラチナ・ディスク

2002
2002年ノラ・ジョーンズ『Come Away with Me』ファースト・アルバム 2000万枚を超えるメガ・ヒット

2007
2007年ロバート・グラスパー・エクスペリメント発足

2008
2008年ハービー・ハンコック『リヴァー』グラミー賞アルバム・オブ・ザ・イヤー(ジャズ作品受賞約45年ぶり)
2008年エスペランサ・スポルディング

2010年代

2011

2011年上原ひろみ“ザ・トリオ・プロジェクト”結成

2014

2014年黒田卓也『ライジング・サン』※日本人初米ブルーノート・レコードオリジナル・アルバム

2021

2021年 渡辺貞夫さん音楽生活70周年


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人間>教養>歴史>音楽史>ジャズの歴史>日本ジャズの歴史(和ジャズ年表)

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