2016年のダボス会議で「第四次産業革命(Fourth Industrial Revolution、4IR)」が提唱された。
以来、日本でも、AIやIoTなどの「Industry 4.0」が注目されている。
2017年(平成29年)には、内閣府の2016/17年度の白書や、総務省の2017年(平成29年度)情報通信白書などで「第四次産業革命」が取り上げられた。
だが、何かフシギに感じないだろうか?
「~次産業」と「~次産業革命」という分類区分にはズレがあるのである。
ここでは素朴なギモンとして、「第~次産業」という産業統計や産業構造の分類と「~次産業革命」という産業革命の分類の違いにふれておく。
「~次産業」と「~次産業革命」のズレ
これだけ世間から注目を集めている「~次産業革命」という産業のキーワードだが、個人的にどうもスッキリしない点がある。
それは、「第●次産業」という分類と「第▲次産業革命」という分類に根本的にズレがある点である。
まず、第●次産業といえば、第1次産業≑農業、第2次産業≑工業、第3次産業≑サービス業というのが、従来の「産業」の分類だ。
一方、第1次産業革命≑1760年代イギリス産業革命≑工業化、第2次産業革命≑19世紀の大量生産、第3次産業革命≑デジタル革命、という「産業革命」の分類。
これらは、そもそも第1次産業と第2次産業の時点で、分類にズレがある。
以下、各論についてもう少し詳しく見ていく。
「産業」分類とは?
そもそも産業の分類も産業革命も、元来は古典的な経済学などでの区分である。
まず、「産業」の区分について確認しておく。
ウィキペディアによればイギリスの経済学者コーリン・クラーク(Colin Grant Clark)氏が1941年に提唱された「コーリン・クラークの産業分類」などに基づく分類という。
ちなみに、同氏は、国民経済を考察するに際して、GNP概念を先駆的に用いたことでも知られている。
コーリン・クラークの産業分類
コーリン・クラークの産業分類
ウィキペディア, 産業分類
第一次産業 - 農業、林業、水産業など、狩猟、採集。
第二次産業 - 製造業、建設業など、工業生産、加工業。電気・ガス・水道業
第三次産業 - 情報通信業、金融業、運輸業、販売業、対人サービス業など、非物質的な生産業、配分業。
なお、現代日本の産業分類では「電気・ガス・水道業」は第三次産業に分類されている。
ご承知のとおり、社会科学の多く、例えば、地域経済学などで、産業構造などといった場合もこの分類区分が使われている。
1次産業
第一次産業 - 農業、林業、水産業など、狩猟、採集。
2次産業
第二次産業 - 製造業、建設業など、工業生産、加工業。電気・ガス・水道業
3次産業
第三次産業 - 情報通信業、金融業、運輸業、販売業、対人サービス業など、非物質的な生産業、配分業。
「産業革命」とは?
産業革命の定義
産業革命自体は、元来は共産主義者の用語であり、フリードリヒ・エンゲルスやカール・マルクス等の文献にも登場する。その後、アーノルド・トインビーによる再定義によって学術用語になった。
Wikibooks, 産業革命
アーノルド・トインビー氏は歴史学者で、とくにイギリスの産業革命を研究したことで著名。
産業革命の主な特徴
第一次産業革命
1740年頃のイギリス産業革命
第二次産業革命
20世紀初頭の大量生産
第三次産業革命
デジタル革命
第四次産業革命
AI、IoTなどの「融合」
私見(個人的感想など)
(余談)Industry の翻訳 産業?工業?
個人的に、もう一つ遠因として考えられるのが、そもそも “Industry”の翻訳ではないかという気がする。かなり悩ましいものだと思う。
ちなみに、以下の引用箇所は出典が不明な為、おそらくウィキペディアの執筆者の方の見解だと思うが、この「産業革命」という文脈では、むしろ工業革命といったほうが意味が通りやすいと賛同する。
なお、日本語への翻訳時に「Industrial」を「産業」と訳しているが、これは、端的に「工業」と理解すべきであり(中略)
同上, Wikibooks, 産業革命
だが、一方でやはり農業などを含めた広い概念で、Industryが使われる場合は産業としか言いようがない。
最近では「なりわい」(生業)という文言を政府関係の答弁や文書でもみかける。
日本語としては、うまい表現だと感心する。
一方で、「なりわい」を英訳すると、一般的には、livelihoodとなるが、これだと日本語では、暮らしや生計といったニュアンスが多いので、もし農業などを含めた産業全般を指して「なりわい」と表現している場合は、industryと訳してしまった方がわかりやすい場合もある。
この辺は結局文脈で読み分けるしかないのかと悩ましく感じるところである。
どうすればよいか?(対応案)
私見だが、対応案としては以下の方法が考えられる。
結論から書くと、こうした背景があることを頭の隅におきつつ、みなさんで読み替えて頂くのが最も現実的だろう。
ただ、話しの流れとして、以下は順をおって、理由などを書いておく。
「第●次産業」という用語は使わない?
「第●次産業」という用語は使わない?
ちなみに、総務省の日本標準産業分類などでは、A~Uなどのアルファベットにより大項目を21項目程度に分類している。
この分類には、実は「第●次産業」という文言はでてこない。
しかし、いくらこれで総務省の正式な統計分類としては「第●次産業」という区分は認めていない、と主張したとしても、これはやはりムリがあるだろう。
なぜなら、他省庁、例えば、農水省などは、第1次産業といった産業分類を施策に多く用いているからである。
最近では、第6次産業などといった政策も打ち出している。
当然、様々な蓄積の下に積み上げられた重みのある産業分類である。
これを今さら、第1次産業を0次産業と読み替えとか、第6次じゃなくて第5次でしたとか、いえいえ、そもそも産業区分なんてありませんでした、なんてことは口が裂けても言えないだろう。
従来の「1次産業」を「0次産業」に読み替える?
(1)従来の「1次産業」を「0次産業」に読み替える
リクツだけで考えると、これがもっともてっとりばやくはある。
だが、現実的にはそんなに簡単な話ではない。
様々な統計や行政文書にせよ、これを全て書き替えとなると膨大なコストがかかる。当然、すんなりとはいかないだろう。
即ち、上とほぼ同じように、実効性が微妙という理由でこれも現実的ではないのだと思う。
みなさんが「1次産業」を「0次産業」に読み替える(脳内転換)
(2)みなさんが「1次産業」を「0次産業」に読み替える(脳内転換)
そもそも、産業と産業革命でズレがあること自体余り知られていなかったかもしれない。
わざわざそのズレを指摘したのに、黙ってそれを黙認して、読み替えてくれ、というのはなんとも分かりづらい話かもしれない。
だが、おそらくこれが最も現実的な方法だろう。
せめて、雑学的にこうしたコラムらしきところで指摘させて頂く。または、もう少しこれを問題としてきちんと取り扱う必要を多くの方が感じた場合は、例えば、社会科や、歴史、現代社会などの授業で、こうした点を補足しておくなど、ガイダンス的なもので対応する。
この辺がとりあえずの落としどころだろうか。
まとめ
ここでは、産業と産業革命の違いとして、 「~次産業」と「~次産業革命」という用語のズレについてふれた。
では、そのズレを是正すべきなのか、するとすればどういう対策があるか、という点は、現時点では、結局、大人の事情でおいそれと変えられない、という何とも玉虫色の結論になってしまった。この点はやや歯切れが悪いが、現実的な実効性を踏まえるとやむを得ないと思う。
いずれにせよ、「~次産業」と「~次産業革命」という話題をするときには、両者の違いを背景として押さえておくと、混同が和らぐのではないだろうか。
(参考)
日本経済2016-2017-好循環の拡大に向けた展望-(平成29年1月17日)